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浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)1157号 判決

原告

山口成健

被告

東和舗材株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金二三六九万四三一八円及び内金二二六九万四三一八円に対する昭和五五年一一月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り原告において各金二〇〇万円の担保を供するときはその被害に対して仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金六八一一万〇四七五円及びこれに対する昭和五五年一一月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求の原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五二年一一月一二日午後五時一〇分ころ

2  場所 山梨県東八代郡一宮町上矢作七六一番地先の県道市之蔵山梨線道路上

3  加害車 普通貨物自動車・大宮四四て八三六五(以下「加害車」という。)

4  加害車運転者 被告酒井政幸

5  被害者 原告

6  事故の態様 被告酒井は、山梨県東八代郡一宮町のワイ・エル・オー会館で行われた知人の結婚式に出席し、酒に酔つて加害車を運転し、県道を北方から南方へ進行中、事故現場において加害車を原告に衝突させた。

7  傷害の程度 原告は、事故により頭部外傷(慢性硬膜下血腫・脳挫傷等)の傷害を負つた。

二  責任原因

被告東和舗材株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車の保有者であり、被告酒井は、結婚式に出席するため被告会社から加害車の貸与を受けてこれを運転していた者であつて、いずれも自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者に当たるから、事故によつて原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

1  治療経過

(一) 山梨県立中央病院

入院 昭和五二年一一月一二日~昭和五三年一月一七日

通院 昭和五三年一月二六日~同年七月一八日

(二) 加納岩総合病院(脳の診察)

通院 昭和五三年一月一七日~同年六月一〇日

(三) 山梨日下部病院(リハビリテーシヨン)

通院 昭和五三年一月一七日~同年六月一〇日

(四) 山梨療養所

通院 昭和五三年六月六日

(五) 東京女子医科大学病院

通院 昭和五三年六月~

入院 同年八月三〇日~同年九月三〇日

通院 同年一〇月~昭和五四年六月

(六) 近藤歯科医院

通院 昭和五四年一月二四日~同年三月一四日

2  治療費 六三万五六五二円

(一) 山梨県立中央病院(通院分) 七二三二円

(二) 加納岩総合病院 一五三〇円

(三) 山梨日下部病院 一万一二七〇円

(四) 山梨療養所 八〇四〇円

(五) 東京女子医科大学病院 三五万三七四七円

(六) 近藤歯科医院 二五万三八三三円

3  付添費 三三万九〇〇〇円

(一) 入院 一日三〇〇〇円

(1) 山梨県立中央病院(六七日) 二〇万一〇〇〇円

(2) 東京女子医科大学病院(三一日) 九万三〇〇〇円

(二) 通院 一日一〇〇〇円

(1) 山梨県立中央病院(五日) 五〇〇〇円

(2) 加納岩総合病院

(3) 山梨日下部病院(二二日) 二万二〇〇〇円

(4) 山梨療養所(一日) 一〇〇〇円

(5) 東京女子医科大学病院(一〇日) 一万円

(6) 近藤歯科医院(七日) 七〇〇〇円

4  入院雑費 六万八六〇〇円

一日七〇〇円

(一) 山梨県立中央病院(六七日) 四万六九〇〇円

(二) 東京女子医科大学病院(三一日) 二万一七〇〇円

5  交通費 四八万八四四〇円

6  医師等への謝礼 八万二五〇〇円

7  逸失利益 四八一七万六二八三円

(一) 原告は、果樹園の栽培に従事する自営業者であるが、事故のため治療に専念しなければならなくなつて、みずから業務に従事することができなくなつたばかりでなく、従来業務の手伝いをしていた妻も、原告を世話するために業務に従事することができなくなつた。

(二) 原告は、昭和五四年一〇月に至つても身障者等級第二級に該当する状態であり、労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。

(三) 原告は、事故発生の昭和五二年には年間五一二万八六八三円の実収入を挙げていた。原告は、大正一三年二月一七日生まれの健康な男子であつたので、六七歳まであと一三年間稼働することができる。ライプニツツ係数は九・三九三五である。

(四) 年収五一二万八六八三円に係数九・三九三五を乗ずると、四八一七万六二八三円となる。

8  慰謝料 一五三二万円

(一) 入院、通院によるもの 二〇〇万円

入院九九日、通院四九七日を要した。

(二) 後遺症によるもの 一三二二万円

身障者等級が第二級である。

9  弁護士費用 三〇〇万円

10  以上の2ないし9の損害の合計額は六八一一万〇四七五円である。

四  被告らの主張に対する答弁

1  事故の発生について原告には過失がなかつた。したがつて、被告らの過失相殺の主張は失当である。

2  被告らが被告らの主張の治療費及び入院費を支払つた事実は知らない。

原告が被告らから休業補償費として一八〇万円の支払を受けた事実を認めるが、それを超える一五万円の支払を受けた事実を否認する。

五  請求

原告は、被告らに対し、前記三の損害額六八一一万〇四七五円及びこれに対する訴状送達の日の後の昭和五五年一一月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

第三請求の原因に対する被告らの答弁及び主張

一  第一項の1ないし5及び7の各事実を認め、6の事実を否認する。原告は、県道の道路左端に耕耘機を停車させ、ビニール管を手に持つて作業中、被告酒井運転の加害車と衝突した。

二  第二項の事実を認める。

三  第三項の事実はすべて知らない。ただし、原告が原告主張の後遺症を残し、労働能力の一〇〇パーセントを喪失した事実を否認する。

四  過失相殺

1  事故は、原告が道路左端に耕耘機を停車させ、荷台からビニール管一〇本くらいを手に取つて作業中、被告酒井運転の加害車が原告に衝突して発生した。

事故現場の道路は、幅員が五メートルであり、駐車及び停車を禁止する旨の規制がなされていた。

2  したがつて、道路上で作業をすることは極めて危険であつたのであるから、原告としては、道路を通行する自動車特に道路左側を進行してくる自動車の動静に絶えず注意を払うべき義務があつたのに、原告は、その注意義務を怠つたのであり、事故の発生について少くとも一割程度の過失があつたものというべきである。

五  損害の一部弁済

被告らは、原告が事故によつて被つた損害のうち次のものを弁済した。

1  昭和五二年一一月一二日から昭和五三年五月三一日までの治療費及び入院費 一七五万五〇七三円

2  休業補償費 一九五万円

第四証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

1  原告主張の日時場所において被告酒井政幸運転の加害車が原告と衝突し、原告が頭部外傷(慢性硬膜下血腫・脳挫傷等)を負つた事実は、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第五ないし第一〇号証、第一三ないし第一五号証、証人山口初枝の証言及び被告酒井政幸本人尋問の結果(以下「被告酒井の供述」という。)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  事故の発生した県道は、南北に直線状になつており、幅員が約六メートルで、アスフアルト舗装されていた。

衝突地点の北方約一〇メートルの地点に、県道から東方及び西方に通ずる道路があり、その各道路は県道とほぼ直角に交差していた。

県道には歩車道の区別が設けられておらず、事故現場付近には街路灯などの照明設備が設けられていなかつた。

(二)  原告は、事故当時テーラーの荷台の後部にロープでリヤカーを連結させて、両車の荷台にぶどう栽培用ビニールハウスの鉄パイプを積み、そのリヤカー付きテーラーを県道上の東側に北方に向けて停車させていた。

リヤカー付きテーラーの全長(テーラーのエンジン部前部からリヤカーの荷台後部まで)は五・七メートルとなり車幅は一・二メートルであつた。鉄パイプは、通常曲管と称される物で、「くの字」型に曲がつており、直径が二・五センチメートルで、長さが六・四メートルであつた。原告は、くの字型の鉄パイプを八本ずつ一束に結わえ、五束合計四〇本を積んでいたが、鉄パイプの先端及び後端は、テーラー及びリヤカーの各荷台からはみ出て、その前後左右に延び出していた。

(三)  原告は、鉄パイプを県道の西方約三〇〇メートルの場所に所在するぶどう畑に搬送する途中であつたが、県道から西方に通ずる道路に進入するため左折の操作をするのに、道路状況及び積荷状況から、鉄パイプを積んだままでは技術的に不可能であつたので、まずリヤカー付きテーラーの荷台から鉄パイプを一束ずつ取り下ろそうとした。そこで、原告は、テーラーを県道上の東側に停車させて、テーラーの荷台の西側(道路中央寄り)に立ち、荷台から一束の鉄パイプを取り下ろした。

(四)  被告酒井は、事故当日山梨県東八代郡一宮町のワイ・エル・オー会館で行われた知人の結婚式に出席し、ワインを飲んでいたが、披露宴終了後に一宮町上矢作所在の生家に帰るべく、加害車に知人四名を乗せてこれを運転し、県道を北方から南方へ向かい、時速約四〇キロメートルで道路の左側(東側)を走行しながら、事故現場に差しかかつた。

(五)  戸外は暗くなりかけていたので、被告酒井は、加害車の前照灯を点灯していたが、前方の路上にテーラーが停車していたのを見付けたものの、テーラーの右側(西側)に原告が立つていたことには気付かなかつた。

加害車の助手席に乗つていた訴外河野徳則は、前方にテーラーと原告の姿を見付けたので、被告酒井に対し、「気を付けろ。危ないぞ。」と声を掛けて注意を促し、被告酒井は、直ちにハンドルを右に切つて道路の中央寄りに進路を変えたが、十分な間隔を取らなかつたので、加害車の前部左側付近を、鉄パイプ一束を手に持つていた原告に衝突させた。

衝突地点は、道路の東端から中央寄りに二・六五メートル隔たつた地点であつた。

(六)  原告は、衝突地点から南方二八・二メートルの地点に頭を南方に向けてうつ伏せに倒れたが、その地点で停止するまでに約一一メートルの間道路上を滑走した。

被告酒井は、衝突に気付いて直ちにブレーキを掛け、衝突地点から南方四二・三メートルの地点で加害車を停車させた。

(七)  被告酒井は、事故発生時から約三五分経過後に、身体に保有するアルコール濃度の検査を受けたが、その結果呼気一リツトル中に〇・五ミリグラムを下らないアルコールが検出された。

二  責任原因

原告主張の請求原因第二項の事実は当事者間に争いがない。

三  治療の経過

成立に争いのない甲第二ないし第六号証、第九、第一〇号証、第一二号証、証人山口初枝の証言により成立を認める甲第七号証の一ないし三、第八号証及び証人山口の証言によれば、原告は、事故によつて受傷した後、次のように各病院等に入院又は通院して治療を受けた事実を認めることができる。

1  山梨県立中央病院

(一)  入院 昭和五二年一一月一二日から昭和五三年一月一七日まで六七日間

(二)  通院 昭和五三年一月二六日から同年七月一八日までの間に五日間

2  加納岩総合病院

通院 同年一月から同年四月までの間に四日間

3  山梨日下部病院

通院 同年一月から同年六月まで

4  山梨厚生会温泉病院山梨療養所

通院 同年六月六日

5  東京女子医科大学病院

(一)  通院 同年六月二二日から同年八月二九日までの間に五日間

(二)  入院 同年八月三〇日から同年九月三〇日までの三二日間

(三)  通院 同年一〇月一日から昭和五四年三月一五日までの間に五日間

6  近藤歯科医院

通院 昭和五四年二月二四日から同年三月一四日までの間に六日間

四  損害

1  治療費

前記甲第六号証、第七号証の一ないし三、第八ないし第一〇号証、第一二号証、成立に争いのない甲第一一号証の一ないし三及び証人山口初枝の証言によれば、原告は、治療費等として次のとおり負担し、これを支払つた事実を認めることができる。

(一)  山梨県立中央病院(通院分) 七二三二円

(二)  加納岩総合病院 一五三〇円

(三)  山梨日下部病院 一万一二七〇円

(四)  山梨療養所 八〇四〇円

(五)  東京女子医科大学病院 三五万三七四七円

(六)  近藤歯科医院 二五万三八三三円

被告らは、昭和五三年五月三一日までの治療費(入院費を含む。)として一七五万五〇七三円を支払つたと主張するところ、これを証明する資料は見当たらないのであるが、原告が山梨県立中央病院における入院治療費を控除して損害額を主張立証していることなど弁論の全趣旨に照らせば、原告は前記認定の治療費等のほかに、被告ら主張の治療費一七五万五〇七三円を負担し、被告らが既にこれを支払つた事実を認めるのが相当である。

2  付添費

原告は、原告主張の各病院等における入院又は通院に際して要したという付添費について何ら立証をしていない。

しかし、成立に争いのない乙第一二号証によれば、原告は、事故後直ちに山梨県立中央病院に収容されて、脳挫傷・顔面擦過傷と診断され、その治療を受けるようになつたが、暫くの間は意識障害に陥つていた事実を認めることができ、また、前記甲第三号証及び第五号証によれば、原告は、東京女子医科大学病院において、慢性硬膜下血腫・脳挫傷と診断され、昭和五三年九月八日手術を受けたのであるが、左動眼神経麻痺・失見当識・記銘力低下・易怒性等の神経精神症状が残つた事実を認めることができるので、原告の右のような傷害の程度に照らし、付添費としては次の限度において認容するのが相当である。

(一)  入院 一日当たり二〇〇〇円

(1) 山梨県立中央病院(六七日) 一三万四〇〇〇円

(2) 東京女子医科大学病院(三二日) 六万四〇〇〇円

(二)  通院 一日当たり一〇〇〇円

(1) 山梨県立中央病院(五日) 五〇〇〇円

(2) 加納岩総合病院(四日) 四〇〇〇円

(3) 山梨療養所(一日) 一〇〇〇円

(4) 東京女子医科大学病院(一〇日) 一万円

(5) 近藤歯科医院(六日) 六〇〇〇円

3  入院雑費

原告の前記傷害の程度に照らし、次のとおり認定するのが相当である。

(一)  山梨県立中央病院(一日七〇〇円) 四万六九〇〇円

(二)  東京女子医科大学病院(一日五〇〇円) 一万六〇〇〇円

4  交通費

証人山口初枝の証言により成立を認める甲第一三号証の一、二、五ないし四四及び証人山口の証言によれば、原告は、入院又は通院に際してタクシーを利用し、タクシー代として昭和五三年一月二四日から同年九月二九日までの間に合計三万八二五〇円を支出した事実を認めることができ、右のタクシー代は事故との間に相当因果関係があると認めることができる。

原告主張の交通費のうち右の限度を超える部分については、これを認めるに足りる証拠がない。

5  医師等への謝礼

証人山口初枝は、「医師等への謝礼として、医師に六万円、看護婦に三万円を出している。」と証言しているが、それだけでは具体性に欠け、事故との間に相当因果関係を認めるのに十分でないというほかなく、他に原告主張の損害額を認めるに足りる証拠はない。

6  逸失利益

(一)  前記乙第一三号証、成立に争いのない乙第一七号証、原本の存在に争いがなく、証人立川和男の証言により成立を認める乙第一六号証、証人山口初枝及び同立川和男の各証言によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、大正一三年二月一七日生まれの男子で、もと京都で会社に勤めていたが、昭和三六年二月ころ訴外山口初枝(大正一一年一月一九日生)と婚姻して、初枝方に入居し、初枝との間に同年一一月一二日に長男を、昭和三八年二月七日に長女をもうけた。

(2) 原告は、初枝と婚姻して、初枝とともにぶどうの栽培に従事するようになり、昭和四五年ころからはぶどうの栽培を専業として、健康体で働いていた。

原告は、昭和五二年当時初枝とともに六四アールのぶどう畑を耕作し、既に一五アールの畑でビニールハウス栽培を実施していた上、事故当時一七アールの畑にビニールハウスを設置する作業を行つていた。

(二)  証人山口初枝の証言により成立を認める甲第一四ないし第二〇号証及び証人山口の証言によれば、原告は、生産したぶどうを主として訴外一宮町農業協同組合北事業所に対し出荷し、販売していた事実を認めることができる。

ところで、原告は、昭和五二年中に年間五一二万八六八三円の実収入を挙げたと主張するのであるが、その根拠は明らかでない。

(1) 前記乙第一七号証によれば、原告が納税のために申告した額は、昭和五二年中の総収入金額二〇五万一二八〇円、必要経費二五万一一三〇円、事業専従者控除額四〇万円、総所得金額一四〇万〇一五〇円というものであつた事実を認めることができる。

(2) 前記甲第一四ないし第一七号証及び証人山口初枝の証言によれば、原告が昭和五二年中にぶどうを販売して取得した代金の総額は六七〇万〇七一〇円であつた事実を認めることができ、前記甲第一八ないし第二〇号証及び証人山口の証言によれば、原告が昭和五二年中にぶどうの生産及び出荷のために支出した灯油代金・農薬代金・肥料代金・資材代金等の総額は一二九万七七七九円であつた事実を認めることができる。右の収入総額から支出総額を差し引くと、その残額は五四〇万二九三一円となる。

(3) 証人山口初枝の証言によれば、原告は、いわゆる農業所得標準率(税務官庁が調査により捕捉した納税者の所得の実額を基礎として、統計学的方法により算出した所得推計上の比率)に従つて昭和五二年の納税の申告をした事実を認めることができるから、前記(1)の申告額(総収入金額及び総所得金額)は、実額に符合するものでないものと見るのが相当であり、これに比べ、前記(2)の認定額(総収入金額及び総支出金額)は、収入金額及び支出金額のすべてを完全に捕捉したものとは言い切れないとしても、実額に近似するものと見るのが相当である。

(4) そこで、原告と初枝によるぶどう裁培業の昭和五二年の実収入額は、これを前記(2)の五四〇万二九三一円と認めるのが相当であるが、ぶどう裁培業は原告と初枝の共同作業によつて実施されてきたのであるから、原告と初枝の寄与分はそれぞれ二分の一と見るのが相当であり、これによれば、原告の昭和五二年の実収入額は、右の実収入額の二分の一に当たる二七〇万一四六六円(円未満切上げ)と認めるのが相当である。

(三)  前記三において認定したように、原告が最後に治療を受けたのは、昭和五四年三月一五日東京女子医科大学病院においてであつて、前記甲第五号証によれば、右の時点において原告の症状は固定したものと認めることができる。

前記乙第一六号証及び証人立川和男の証言によれば、山梨県立中央病院の担当医師は、昭和五三年四月に原告のコルサコフ症候群が消失し、同年七月一三日に脳挫傷による症状が固定したと診断したというのであるが、前記甲第三号証、第五号証、第一〇号証及び証人山口初枝の証言に照らせば、右のような乙第一六号証の記載及び証人立川の証言は、いずれもたやすく信用することができない。

そして、成立に争いのない甲第二二号証によれば、原告については、昭和五六年二月二三日の時点においても、複視(左動眼神経麻痺)・失見当識・記銘力低下・易怒性等が認められ、痴呆状態にあるものと診断された上、軽度の歩行障害が認められた事実を認めることができる。

したがつて、前記乙第一六号証、証人山口初枝、同立川和男の各証言及び被告酒井の供述によれば、原告は、山梨県立中央病院を退院した後、独りで歩行することができるようになり、現金払いでない方法(買掛の方法)によつて買物をしたり、ぶどう畑に出掛けて行つたり、初枝の手を借りてテーラーに乗つたりして、ぶどうの生産及び出荷の手助けをしようとした事実を認めることができるけれども、原告がぶどうの生産に寄与することのできた程度は極めて、微々たるものであつたものと推認することができ、前記認定の原告の神経精神状態に照らせば、原告は、症状固定後においても従前の労働能力の九割を喪失したものと認めるのが相当である。

また、原告は、事故発生時から六七歳に達するまでの間に一三年間稼働することができるものと認めることができるから、原告は、事故発生時から一年間は一〇割の得べかりし利益を失い、二年目から一三年目までは九割の得べかりし利益を失つたものと認めるのが相当である。

(四)  そこで、年五分の割合による中間利息を年別ライプニツツ方式に従つて控除し、事故発生時における逸失利益の現価を算出すると、次のとおりとなる。

(1) 最初の一年間のもの

二七〇万一四六六円に〇・九五二三(ライプニツツ係数)を乗じて、二五七万二六〇六円となる。

(2) 二年目から一三年目までのもの

二七〇万一四六六円の九割に当たる二四三万一三二〇円(円未満切上げ)に八・四四一二(ライプニツツ係数九・三九三五から〇・九五二三を差し引いたもの)を乗じて、二〇五二万三二五八円となる。

(3) (1)と(2)の合計額は二三〇九万五八六四円である。

7  慰謝料

(一)  前記認定のように、原告は、山梨県立中央病院に六七日間、東京女子医科大学病院に三二日間それぞれ入院して治療を受け、昭和五四年三月一五日まで通院して治療を受けたのであるが、左動眼神経麻痺・失見当識・記銘力低下・易怒性等の後遺障害を残したのであり、証人山口初枝の証言によれば、原告は、左眼がふさがつたままで視力を失い、よたよたしながら歩く程度で、真直ぐに歩くのに難渋し、言葉がもつれて、明瞭に発音することができず、物忘れが著しく、感情の起伏が激しくて、一般的な社会生活を営むのに極めて困難な状態に陥つている事実を認めることができる。

(二)  そこで、右のような事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰謝するには七〇〇万円を賠償させることをもつて十分であるものと認めるのが相当である。

なお、原告は、後遺障害第二級に該当する慰謝料として一三三二万円が相当であると主張するが、右の額は法定の填補限度額を示すものであつて、慰謝料のみの填補額を意味するものでないし、右の慰謝料七〇〇万円を認定するについては原告の過失の程度を斟酌していない。

8  弁護士費用

後記認定のとおりである。

五  過失相殺

1  前記一において認定した事故の態様によれば、原告は、幅員約六メートルの県道の右側(東側)にリヤカー付きテーラーを停車させた上、道路中央部付近でその荷台から長い曲管を一束ずつ取り下ろす作業をしていたのであり、しかも、時刻は午後五時一〇分ころで、暗くなりかけていたのであるから、原告としては県道を走行する自動車、特に県道を北方から南方へ向かう自動車の動静に絶えず注意を払い、その合間を見ながら、安全を確認して作業を行うべき義務があつたものというべきであるところ、原告は、荷台から取り下ろした曲管(鉄パイプ)を手に持ちながら、道路中央部寄りの地点で加害車と衝突したのであつて、右のような原告の行つていた作業及び衝突地点に照らすと、事故の発生については原告にも右の注意義務を尽くさなかつた過失があつたものと認めるのが相当であり、被告酒井の過失の程度と対比すれば、原告の過失の程度は、これを二割と認めるのが相当である。

2  前記四において認定した損害は次のとおりである。

(一)  治療費 二三九万〇七二五円

(二)  付添費 二二万四〇〇〇円

(三)  入院雑費 六万二九〇〇円

(四)  交通費 三万八二五〇円

(五)  逸失利益 二三〇九万五八六四円

(六)  慰謝料 七〇〇万円

(七)  合計 三二八一万一七三九円

3  原告の過失の程度を考慮すると、2の合計額の八割に相当すする二六二四万九三九一円を被告らに賠償させるのが相当である。

六  損害の填補

1  前記認定のとおり被告らは、治療費及び入院費として一七五万五〇七三円を支払つた。

また、被告らが原告に対し休業補償費として一八〇万円を支払つた事実は当事者間に争いがない。被告らは、休業補償費として右のほかに一五万円を支払つたと主張するが、その主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  右の合計額三五五万五〇七三円は前記五の3の損害額の一部の弁済に当てられたものということができるから、被告らの支払額を控除すると、原告の被つた損害の残額は二二六九万四三一八円となる。

七  弁護士費用

原告が訴訟代理人らに対し本件訴訟の提起・遂行を委任した事実は記録上明らかであるが、原告は、その契約関係について立証しない。そこで、前記六の2の損害残額、訴訟代理人らの訴訟活動の程度等に照らせば、被告らに負担させるべき弁護士費用としては一〇〇万円の限度において認容するのが相当である。

八  結論

原告の被告らに対する本訴請求は、損害金二三六九万四三一八円及び弁護士費用を除く内金二二六九万四三一八円に対する訴状送達の日の後である昭和五五年一一月二二日(この事実は記録上明らかである。)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却する。

そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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